2008年度のミスユニバースジャパンに選ばれる人を選考と同時進行で作られた本らしく、この表紙の写真すら「写す人」が5人中4人は決まっていたのだけれど後一人が絞り切れず最終的に二人がじゃんけんをしたのち、撮影されたのだそう…
一言で言って「美」を追求というきれいな響きとは裏腹に
「弱肉強食」の極み…
事実
「性格がいい子だけで野心が無い子は
ナンバーワンになれないわね」
というイネスの指導の下に行われているのだから「美しい」の基準がはっきり言って「日本において」というのとは限りなく違いすぎる。

ファイナリスト達のイネスマジックがかかっていない服装やメイクを見る限り「どこにでもいるお嬢さん」「ちょっと目を引くかわいい子」が一転する。
しかし私の目にはどこか

「きれいだけど、冷たそう」
「きれいだけど、プライド高すぎ」
「きれいだけど、親しみを持てない」
「きれいだけど、性格悪そう」
「きれいだけど、怖い」

そんな感想だらけのメイクを施された顔で「世界」に挑戦する。
確かにスタイルの悪い日本人が世界に挑戦するには西洋人にはない特徴で勝負するしかないので
「ミステリアス」
「オリエンタル」
に仕立てないといけないのはわかる反面、これ、日本で同じメイクをしたら浮くよなあ…って。

全然「親しみ」を持てないってことは、日本のような土壌では「自分だけ違う」という「個性」をはっきり打ち出したということで敬遠させる。
世界で勝負するにはそれが必要なのだけれど、それを超えてこそ世界に挑める素質があるという事か。
人と一緒だとか、みんな横並びでは一番にはなれない。
ある意味、すべてを捨ててこそやっとスタートラインに立てる。
これで、1位や2位になれ無かったら、ここまで個性を強烈にアピールすることを身に付けた人が一般人に戻れるのだろうか?という不安がある。

とはいえ、自分の姿を冷静に見つめる「ミラーレッスン」は
今後崩れていく自分の体形や思考に活を入れるにために必要かと。
あとはやっぱり「姿勢」かな。
見られているという意識を持つ。
あとは「自信」を持つ。自信が持てたら立ち姿、振る舞いにも神経がいきわたるようになる。
歩き方は「腰に重心を置いて、流れるように歩く 」のがキモ。
立ち方は「背筋を伸ばし、常に背中コンシャスな美姿勢を
エレガントを常に頭に置いて、だらりとした姿を見せない。

…中年にはかなり筋肉痛を伴いそうなことだけど、「きれい」でいるためには努力も必要なのね。

ところで2008年度に選ばれたのはMさんという人。
しかし、私が見る限りそんなに「いい」とは思わないんだけどなあ…
その後、どんな活躍をされたんでしょう????

2006年度は知花くららさん、2007年度は森理世さんでした。

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