生きるぼくら 原田マハ著
2014年2月18日 読書
傷ついた孫が超ド田舎に住む祖母のところで心癒され、生きる喜びを見出していく…と言うストーリーなら『西の魔女が死んだ』が有名ですが、これもそれ系。
それに加えて読んでいると妙に「ご飯食べたい」「おにぎりが食べたい」と
思えるのは最初の掲載誌が『日本農業新聞』だから当然と言えば当然なのでしょうが。
スローライフに憧れる人は多数いますが、果たして機械を一切使わない米作りを
する人は何人いるでしょう?安易な気持ちで取り掛かれるものではない、
といやらしい見方をしたら「出来るもんならやってみろよ!」と都会の
貧弱な心構えの人間をあざ笑う事の出来る内容でもあります。(まあ、原田さんがそんな毒を出す文章は絶対に書きませんが。大衆に受け入れられるいい子ちゃんの文章が持ち味ですから)
コメは単なる食べ物ではなく、人と人とを結ぶツールである。
米作りから村が出来、国ができる。
「おむすび」は文字通り、お結び。
コメ一粒に7人の神様が住んでいる。
どんなに苦労して作っても、自分たちの口に入るコメはほとんどない。
過酷な農作業の実態を知ること無く、ただ単に食べている私たち。
作ってくれている人に感謝して食べさせていただく、と言う気持ちに
させる一冊。
それに加えて読んでいると妙に「ご飯食べたい」「おにぎりが食べたい」と
思えるのは最初の掲載誌が『日本農業新聞』だから当然と言えば当然なのでしょうが。
スローライフに憧れる人は多数いますが、果たして機械を一切使わない米作りを
する人は何人いるでしょう?安易な気持ちで取り掛かれるものではない、
といやらしい見方をしたら「出来るもんならやってみろよ!」と都会の
貧弱な心構えの人間をあざ笑う事の出来る内容でもあります。(まあ、原田さんがそんな毒を出す文章は絶対に書きませんが。大衆に受け入れられるいい子ちゃんの文章が持ち味ですから)
コメは単なる食べ物ではなく、人と人とを結ぶツールである。
米作りから村が出来、国ができる。
「おむすび」は文字通り、お結び。
コメ一粒に7人の神様が住んでいる。
どんなに苦労して作っても、自分たちの口に入るコメはほとんどない。
過酷な農作業の実態を知ること無く、ただ単に食べている私たち。
作ってくれている人に感謝して食べさせていただく、と言う気持ちに
させる一冊。
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