自分の地元が嫌で大学を期に家を出た主人公。
10年経って会社の都合で急きょ地元で仕事をすることに。
地元はチョコレート工場があって24時間チョコレートの匂いが漂う。

チョコレートの「匂い」が漂うのっていいなあ…と思いがちだが
それが24時間寿司を食べていても、刺身を食べていても何を食べていても
チョコの匂いが漂うと、それはもう「臭い」にしか感じられず。
そう感じる主人公だからこそ外に出ることを切望し、
一方「え?そう?ニオイする?慣れちゃった」と言う鈍感な母親たちは苦にすることも無く
平然と食事ができる。
また、食事だけでなく父親が「早期退職する」と言う発言に対していも「あ、そう」で済ます母や「退職祝い、スリッパでいい?」と言う兄。
そんな「気の利かない家族」と過ごすのも故郷に帰りたくない理由の一つ。
とまあ、よくある「ここから出たいんだ~~~~~」と言う人、
「え?なんで出るの?地元で十分ジャン!親の面倒も見ないといけないし」と感じる人、
そして「出たくても出れなかった!!!」と言う人。
大体、この3種類の人に分別できるんじゃないのかな?今の日本人。
なので、読者がそのどれかに該当するかによって、感じ方が受け取り方が違うと思う。

「チョコレート」という一見甘い雰囲気を漂わす存在なのに、
実際は甘かったり苦かったりと一筋縄でいかないこの「小道具」をうまく
利用して書いているな~と思った一冊。

『君は故郷を愛しているかい?』
なにこれ?おとぎ話に偽装した人生訓?
気持ち悪~~~~~
第三集を初めて読んだ時の感想は「面白くない。もう読まない」と言うものだった。
過去のブログに理由が書いてないので、思い出せなかったから、
今回第三集、四集と並んで置いてあったので3集から借りてみたのだが、理由がわかった。
続けて読むと似た展開でお腹いっぱいになるから食傷してしまうのだ。
なので、一冊づつ読めばそれほど不快感は無いものの、続けて読むと「もう読まない」
と言う結論になってしまうのだ。
ところで京都を舞台にした話って、ネタが尽きると絶対に琵琶湖を舞台に移す傾向があるのはなぜ?地続きだから?
『神様の御用人』も琵琶湖に行っていたよなあ…
京都から大阪に地を移すってことはまずないのはなぜに皆滋賀に行く?
まだ誰も書いてないからコピペするのが難しいのか?
「前例がないのでできません」ってのりは、公務員かよ?!


祇園祭の山鉾復活話
古本屋話
そして湖北の観音様話

過去に出てきた登場人物がさりげなく再登場するのだが、覚えていないので困る。
ところで「道なし」なんてごまんといるのだろうし、いつまでこんなぬるい展開に付きあわさせられるんだろう…そんなモヤモヤが残るシリーズ
3集4集と並べて置いてあったものの、一体どういった話だったかさっぱり
思い出さないので再読を兼ねて3集から読んでみた。
冥官の小野篁と平安時代では貴族の姫であった時子も現代では冥官見習い
として働く日々。
図書館としてカモフラージュしてある場所は京都、白川通り今出川通りが
クロスする場所から東へ行ったレンガ造りの建物設定。
今回の話では滝沢馬琴の話を読む時は音読がお奨め!ということと
吉田神社内にある菓祖神社へ行こうとする青年と金魚の縁。
篁がまだ生きていた頃に隠岐に流された時の思い出話。
そんな3篇収録。
ただ、吉田神社は『神様の御用人』では架空の神社とはいえ、親友が勤めている
神社として設定されているだけに「似たような…」と言う感は否めない。
また、菓祖神社に参ろうとする菓子職人の話もラノベで読んだ気がするので
似た設定はこれ以上止めてほしい。混乱する。
似たような設定と言えば「御用人」もそうだし本作も「道なし」の話を聞いた上で
天上に案内するという設定は「本人たちの要望、希望、心残りを聞いた上で
納得させて別の道を歩ませる」と言う設定も似ていると言えば似ている。
なのでさらに「この話はどこかで…」「どの話で読んだのだろう?」と言うことになる。
もうぶっちゃけ似た話がゴロゴロ、それこそコピペレベルで氾濫しているから
違いを語れと言われる方が困る。
3集まではハートウオーミングできましたが、今後急に「え?作者性格変わった?」と
戸惑い以上違和感たっぷりてんこ盛りのような急激な方向転換はしないでくださいよ。
よくありますよね、まんがで。
作者が思っていた方向とは全く違うアイディアを編集者が思いつきで投げつけた結果
収拾がつかなくなって自爆する例。
この人も硬めの文体からラノベ文体&お約束へと移行してますが、
さあ、どんなふうに化けるのでしょうか?
でも、なんか色々な意味で「無理がある」「無理をしている」感がありありで
読んでいて疲れます。
認知症に対して確実な予防法は無い。
しかし「人との交流、運動、頭を使う知的活動」が発達を遅らせる方法の一つと考えられている。これらを有効的に組み合わせてみれば
少しは予防になるかも~と言う内容。

p150
『人の交流が少なくなりやすいのが定年退職後の男性です。
退職すると交流相手がいなくなり、外出の機会が減って気が付けば
一日中テレビの前でボンヤリ…と言う人が少なくありません。
それは認知症への道です。』
『人は誰でも他人の前では適度に緊張し、
この緊張感も脳を刺激すると考えられています。
また、外出して人に会うときはおしゃれにも気を使いますよね。
あれこれ工夫するおしゃれは、それだけで脳を使う行為と言えます。
しかも、外出すればおのずと歩数が増えます。
一日一回は外出して人と話しましょう。』


舅の趣味は囲碁、園芸だった。残念ながら自分から積極的にサークルに入って
会話をするタイプではなく、黙々と一人で自分の世界に浸る人だった。
そう過去を振り返ると今の彼の現状はまさに認知症への道まっしぐら!だったと
わかる。
せめて自分が育てた花をブログでアップして、そこから人との交流があれば…とか
うちの母親が立ち上げた「年寄りのためのパソコン教室」の講師を継続してくれていたら
良かったのに…とかもう残念な事ばかり。
その反面、女性はむしろ夫が退職したら「家にいるの苦痛…」とばかりに
サークルだ食事だと積極的に出かけておしゃべりに興じる。
これは予防に最適だな、と。置いてけぼりの夫はさらに…と言うわけで
たまには旦那さんもつれだしてあげないと後々面倒なことになりますよ、と
未来予告されている気がしないでもなく…
イラスト満載のソフトタッチの護身術入門書。
基本は「逃げる技」を身に着ける。これに尽きる。
p10
基本のコツ!
 予防のためには隙を作らず
 逃げる為には隙をさがすべし


自分の周囲360度 安全バリアを張り巡らすこと!

さて、しょうも無いスマホゲームが爆発的人気ですが、
これをやっていて襲われても文句言えないと思いますが。
身体的に襲われようが、物質的に襲われようが「スキ」があったものの負け!
逆に襲ってくれと頼んでいる、誘っていると思われても仕方ないと思う。
むしろ、歩きスマホするよりもさっさと家に帰ってゆっくりやればいいのに…と
他人の迷惑になっているのも気が付かないぐらい道や通路を占領しているアホを後ろからドツキたくなる。
基本自分が危険な目に遭った時に
いわゆる「とっさの時」にここに書かれていることを実践するのはまず無理だと思う。
大体、普段から練習していない技がとっさに出るわけがない。
「え~~っとどうだったけ…」と思い出している暇があるわけないしそんな時間があったらさっさと逃げましょう!ということになる。
てなわけで、ここに書かれている「撃退法」は目を通すだけにしてそれ以前に
p10
「被害に遭わない為に、まず加害者の視点に立って考えてみる」

これが一番有効だと思う。
後に書かれている護身術云々はとりあえず掲載しているけど、ま、実際役に立たないだろう…ぐらいは著者は思いながら書いているでしょうねえ…
p11以下抜粋
「加害者は「サーチング」「ターゲッテイング」「アタック」の順番で行動する。」
なので「護身術の第一歩は、敵のサーティングに引っかからないこと」
引っかからないためには
「狙われるのは、一番弱い人。
強さ、弱さは、目つき、姿勢、立ち振る舞いで判断される」とのこと。
フィジカルやメンタルの強さ、弱さはその人の「姿勢」に表れる」。
正しい立ち姿、物腰は理にかなっているため、機能性に優れている。
その為、最大限の身体能力とパワーを引き出すことが可能になる。

猫背や内またでふにゃふにゃ歩いたり立ったりしている若い子が多いけど、
そんな子は狙ってくださいと言っているようなもので、びしいいっと背筋を伸ばして
凛とした雰囲気を醸し出している子はなかなか狙われにくいということですね。

ん~~~~~医者と言う肩書から分類されて医療系の棚にあったのか?
とイマイチ納得がいかない。
内容的には「宗教」「占い」「心理学」の方が妥当では?
ヨガも根っこは宗教。瞑想も修行の一環だったはず。
アーユルヴェーダも宗教感たっぷり。
別に宗教色があってもいいけど同じなら「ヴァータ、ピッタ、パッタ」の部分を
もっと詳しく書いてほしかった。
同数の場合はどうなるの?とか疑問がいっぱい!
そう言った意味では血液型A型の性格はこれ!みたいな感じでピッタの体質はこう!
とか言われても…と言う感じ。
10歳の頃と今の自分は全く違うのに、なぜ過去の自分の事を基本にして考えるのかな?この点が一番納得いきませんでした。
CUCKOOさんが教えくださった一冊。

面白い!!!!!!!!
読み聞かせのボラをしている人ならこれを選んだら人気者になれるの間違いなし!!
自分の子どもが小さかったら絶対に毎晩「これ読んで!!」とせがまれただろうなあ…
(遠い目…)

ただ、旦那にも読ませたら「たこ焼きをうどんに入れるな!」とか、
なんか感想の観点が違いすぎて…

もっと素直に楽しめや!!!!!ボケ!
と思いました。

ところで今ではこんな風に個人で配達してくれるうどん屋さんっているのかな?
(ピザとかはあるけど…)
うーやんがお寿司やどんぶりさん達とすれ違う時に書かれているバックの「個人商店」がなんか昭和臭を感じさせてくれて…
「中村メリヤス」「中河内レコード」店ですよ…どこの商店街?

これを借りきっかけになったのは検索ワードで「フランス人」と入力したら出てきたので。
ところが人気があったのかかなりの予約者待ち…汗
けれど結果的には一日で読んでしまえる内容でした。
正直そんなに人気がある本なのか不思議な位…汗
散々他のフランス人本を読んできたせいか、似たり寄ったりの内容でそんなに目新しいフランス人の考え方に触れることなく最後の方は飛ばし読みしました。

冒頭にある「明日、今日より若返る50の質問」が一番為になる気が…汗
抜粋しようと思ったけど長いからパス。
本屋でこの部分だけ立ち読みなさってください。笑
それが一番最善かと。

ところでフランス人はp10~によりますと
少なくとも私が生まれた国フランスでは、
女性が一番幸福なのは65歳から70歳だと言われている。
専門家によると、65歳から70歳が幸せなのは成熟しているからだそう。(中略)
驚いたことにこうした学者たちの研究によって、
最も幸福度が低いのは20~50代でその中でも45~50歳でどん底の次期を迎えることが明らかになった。
そして70代に向かうにつれて満足度が上がって行くのだという。
それなら50歳の誕生日は必ずお祝いするべきね。
幸福への新たなスタートなのだから。



今、どん底にいるのね私…
では、50歳の誕生日盛大に祝ってもらいましょう!!笑
楽しみ~~~
ああやっとこのシリーズ終了したか。というより、うちきりだろ?
まあ、打ち切った方がこれ以上恥をさらさずに済んだのでは?
多分出版社も宮部の機嫌を取って新作を書いてもらうために、
じゃ、息抜きで好きなゲームについて語った内容だったら逃亡しないだろう…
的に思って書かせたんだろうけど思いっきり(一部)読者に嫌われたシリーズと言ってもいいはず。
ゲーム好きな人、ゲームする人にはいいと思う。
書いてあることが理解できるから。
ゲームなんか一切しない趣味は読書よどこまでも、な人=私
にとったら時間の無駄でしかなかったこのシリーズ。
とりあえず宮部だから酷評するにしても目を通すのが筋でしょう、
と言うことで借りたけど他の人も思うのか一回も予約せずにそれどころか棚にいつも新刊があったぐらい。
このシリーズ、宮部は普段読まないけどゲーム好き!って人なら読んでもいいけど該当しない人は手を出さない方が色々な意味で無難だと思う。
むしろ、これを宮部の最新作!とか言って堂々と売り出す商売根性丸出しの本屋は見限った方がいい。隅っこに目立たなく置いてくれる本屋の方が良心的!
それぐらいひどい宮部の趣味色一色に染まった駄本


2007年について書かれた本なので、
既に10年前の本ゆえ図書館で廃棄本の棚に置かれていました。
一時はこの人の風水に従って色々やったもんです…(遠い目)
久しぶりに読んで「そういえばそうでしたね…」とすでに実践していない出来事も思い出したり。いまだに実行していることも有ったり。
まあ、お財布をきれいな状態にしていることが一番ですね。
たまにレジで自分の前の人の財布が超汚いのを見たら「うわ~この人…(以下自粛)」
と思うこともあるし、また自分に返ってきたお札が超汚いと「これを持っていた人って…」とか色々思いますもん。
汚いお札が返ってきたら即使います。少額商品を無理やり買って。
そして少しでもきれいな状態のお金を手にします。
だってお財布と言う名のお金の「家」にそんな汚らしいものを置いておいて
平気な人のところにお金の神様は訪問なさってくださいますか?
とまあこんな風に考えればなぜ綺麗なお財布にこだわるのかわかると思います。
ただ、李家さんはこんな風に「なぜこうするのか」と言う理由を一切明記してくれません。

p75
金運を挙げつ5つの習慣
1、いつも笑顔を心がける…笑顔をは「金」の気を持つ表情。
2、愚痴や悪口を言わない
3、レトルト食品や添加物の多い食品を食べない
4、収納をゴチャゴチャさせない
5、天然石を身に着ける…天然石は「金」の気を持つもの。

p87
金運を下げる財布
1、赤い財布は「貧乏財布」
2、猫や蝶、クロスのモチーフには注意
3、折る財布より長い財布
4、寿命(3年)を過ぎた財布は財を持たらなさない
5、お財布を買う時は白を身に着けて

だそうです。

それにしても表紙の李家さんの振袖&メイク、気の毒なほど似合ってなくて…
まるで道化じゃないですか…
編集者に嫌われているの?
「ポチ」と言う名のとの出会いから別れ、そして再会までの私小説ぽい一冊。

「密林」レビューでは☆5の満点評価ですが、
正直、独身40代男の猫バカ記録に他ならぬで「キモイ」んですが…
一人語り(独りよがり)の村上春樹っぽい作風。
どこかナルちゃん入ってる感じ。
猫好きには文句なしなんだろうけど、一歩引いて普通の「小説」として読むと「痛々しい…女々しい…」そんな作風。
表紙のイラストからくるほのぼの系とは違っていてむしろヒロインが毒々しいというかたくましく精神的大人(過ぎ)。
偶然先に書いた「ユーフォニアム」にも友情について抜粋しましたが、
こちらにも面白い記載がありました。
p21
中学時代だって、一度足りとも九条君について考えたことは無かった。
他の友達と同じ。
転校する前に仲が良かった子たちは何人かいたけれども、
結局、環境が変わって、連絡を取らなくなると、徐々に心から消えて行った。
去る者は日々に疎し。ゆく河の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず。


だね。その時は「友達!」って思っていても、
段々と時が経つにつれて実はお互いにそんなに重要だと思わなくなるから
久しぶりに会ってもその時は盛り上がっても、それが終わるとまたいつもの
生活に戻っても何の差し障りも無いってことなのかもしれない。
京都大会から関西大会へ…
徐々にステップアップして行く吹部と並行して「女の友情」が裏テーマになっているように思う。
これ、アニメで先に知った作品ですがアニメはまんべんなくそれこそ男子受けするキャラ造形なのに対して原作は「女子向け」だと思う。
そう、高校生の人格形成にもっとも重要な時期における心理的な葛藤。

ある女子の場合「幼馴染」と言う隠れ蓑によって本心が伝わらず、
また伝えることができない。
また別の女子は「友情以上恋愛未満」と言うぎりぎりの感情を相手に
持っているかのような描写があります。
いつも一緒に居ることが当たり前で何の疑いも無かったあの頃…

そしてその「距離感」が変わって行くことを、
多分大学生の頃にはわかっていた作者。(すごい、早熟。大変ねえ…)
p119
怖いと思った。今この瞬間が、過去になってしまうことが。
(中略)
こんなに大好きな友達ともいつかは離れ離れになってしまって、
ほとんど会わなくなってしまうのだろうか。
特に理由なんてものは無く、ただ当たり前みたいな顔をして、
友達から知り合いへと移り変わってしまうのだろうか。
それが大人になるということなのか。
久美子は知っている。友情は永遠ではないことを。
中学時代に毎日顔を合わせていた友達も、すぐに疎遠になってしまった。
いまというこの瞬間を容器に詰め込んで、冷凍保存できればいいのに。
そうすれば、こんな風に怖がることなんてなくなるのに。



年賀状を書くときに「この人とはもう会うことは無いだろうなあ…」と思いつつも
出している関係が友人→知人に変化した関係なんだろうな。

ヒールの無いスニーカーやストラップの無いミュールでは
靴の選び方の基準そのものが違うので、
各種類の選び方チェックまで書いてくれていて親切。
これにウオーキングの本を合わせて読めば
自分の姿勢にも足の健康もいいことだらけ。
この人が描くと大したことの無い美術館(失礼!)でもステキに見えて、
ぜひ行きたくなります!!
旅行に行ったら 美術館か動物園に行くようにしたいなあ~
ただ、旦那と一緒に行くとこじゃれたカフェでお茶かとか雑貨を購入…と言う「散財」が心置きなくできないので一人で行くか本当に気の置けない人と行くかでしょうねえ…
旦那は美術館、私はカフェでも問題ないんですけどねえ…
でも、この本、本当にかわいい!!

秋以降、いろんなところに顔を出せるよう体力つけなくっちゃ!
日本そして海外にもただ象やキリンがいるだけが動物園と言うのではなく
一種類に特化した動物園など特色のある動物園があるもんだなあ~
と言うことを教えてくれる一冊。
題名が今風でインパクトがありますが、内容は無いです。
無くは無いけど、実践するとかなり痛い目に遭うのは必至なので自己責任を持って実行すること。多分、実行しても誰も責任を取ってくれませんが。
まあ、自己の殻を破る!ということに挑戦をすることによって違う自分が見えてくる可能性もありますが、狙ってなれるものでもないので。

因みに著者が何を言っているのかと言えば、「足し算の女ではなく、引き算の女になれ」と。
この「引き算の女」とは「な~~んにもしない女」の事を指します。
「足し算女」はあれもこれも気を使って男の為に、他人の目を気にしながら自分の気持ちとは別に「尽くす女が持てる」と勘違いして頑張りすぎる女、みたいな定義。
たしかにな、と思う反面自分の姑が究極の「引き算女=何もしない極みの女」なので
「それ、人としてどうよ?」と反感しか持たない人物像として私の中ではいい意味を持たないので余計に「下手に女王様気質」になるのは本当にリスクが大きいと断言できます。
それでも著者はそう言った「ためらい」を「それはあんたが庶民だから」とバッサリ切ってくれましたが。
自分以外の人間は全て「家来、女中、召使」と心の底から真剣に思っている人が「引き算女」であるということですが、最終的には
『人にいっぱい迷惑をかけているから、もう感謝しかないの』と言う
感謝」があってこそ成り立つんですけどね。
確かに姑の言動のどこに「感謝があるわけ?ああ腹立つ!」と言う気持ちしか
ありません。
感謝があってこそ人に迷惑をかけても許されるということをくれぐれもお忘れなく。

因みにプロローグでこんな「引き算女」の例があります。
バーベキューに行くことになりせっせと焼く貴方。
一方こんな女子がいたらどう思いますか?
肉が焼く気が無いどころか「日焼けする~」と言って、車の中に避難している子。
ときどき降りてくる時もつばの広い女王様帽をかぶって眩しそうに出てくる子。
挙句に「ここってトイレまで遠い~」なんて文句まで言っている子。
そんな子がいたら内心「あんた何しにバーベキューに来たの?」って
毒付きたくなりますよね。
また同時に「ま、いっか。こんな子どうせモテないから。」ってライバルが一人減ったぐらいに思うかもしれません。
実際にはどうでしょう?
これが皮肉なことに、な~んにもしないその子の方が、モテたりするんです!
(中略)
でも、モテる人ってこういう人なんです。
な~んにもしないのに、なんか知らんけどうまくいっちゃうんです。
人生も、恋愛も、さらにはな~んか知らんけど、使えるお金までいっぱいあるんですよね。


だれも肉を焼く係りがいなくなって、車の中に居たら男性陣はきっと怒るのでは?
それとも「肉は男が焼いて!焼けたら呼んで。よろしく!」と分担割をさっさと仕切ったら
OKなんでしょうか?

引用文の最後の部分「使えるお金もある」の部分は姑にきちんと該当しているところが
癪に障る!笑
『0ggi』と言う読者の知能数が相当低そうな雑誌に掲載されてた
「お悩み相談室」ぽいコーナーからの抜粋。
本当に読んでいて「お前ら、ア・ホ・か…」と真面目に読む気もなくすぐらい超低レベルな「恋愛質問????」の羅列。(不幸自慢とも言う)


確かに20代30代の一番の悩みは「男」かもしれないが、
結婚して子供もいてそれもある程度独立した立場から言えば
「男や相手に頼るな。
20代はそれこそ自分で稼げるようになる土台作りをしろ。
自分を一番に信じて、自分に賭けてみろ。
その一番大切な時期に低レベルな男の事で悩むな!」と言いたい。

実際本当にレベルの低い男の事をぐちぐち書いてあって。
「別れろ。そんなくそ男!」とわたしが相談されたら一刀両断な内容ばかり。
「こんな低レベル相手に満足したいわけ?どうしてそれに執着するのよ!」と
読んでいて超イラつきましたね!!笑

でも、そのまっただ中にいる人間になにを言っても無駄なんでしょう。
相談すること自体馬鹿らしいというより、解決しようなんて思ってないでしょあんたたち!
と「勝手にやってろよ。」と突き放したくなった。
それなりにアドバイスを返しているけど、よくよく読めば「バカにしているよな…」と
思わないでもない内容に同世代から見たら笑える回答。

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