一応ダイエット本だと思うんですけど…
80~90年代のサブカルを知るつもりで読んだ方がイラつかなくて済むかと。
読んでいると ホイチョイプロダクション
『見栄講座』を思い出してしまった。
ホイチョイ…と聞いてピンとこない人は絶対に手を出さない方が無難な一冊。
そもそもこれを読んでダイエットしよう!と言う気になる人いるのかどうか…
「痩せる」以前に「実践しよう!」と思う人が多分いないと思う。
ダイエットメインじゃなかったら「懐かしいな~」で終わるのに。
先に読んだ『進藤やす子の溺愛ワードローブ』と被る傾向にある一冊。
けれど服に対する考え方が真逆のように感じられる。
特に進藤さんは40を手前に「びびっている」感じが漂う、手持ちを必死になって着まわそうとする、のにたいして
米澤さんは40になってメンタル的に色々あってパリに行ったら影響されることが多大に有って「しわのある人になりたい!」とまで書く。
縦じわは嫌だけど横じわで顔が皺くちゃになってもいい!と。
それだけパリに住む老婦人の生き方やその他もろもろに影響を受けた感じ。
年齢はただの目安。
諸外国では年齢を聞かないのが常識。
年齢にとらわれ過ぎる日本は(それはそれで相手に対する言葉使いとか関係するから仕方ないのかもしれないけど…
最近、年をいっていても常識とかその他もろもろが無かったら
単に年だけ喰いやがって…と軽蔑の対象にもあることの方が多い)
若い=幼い と勘違いしている人多い気がする。
密林のコメントでは「今までと違う」と違和感大で星評価が低めですが
2冊を比べたら本人の意識そのものが変わっているのだから作風も変わって
当然だと思う。
変わらずにしがみついている方が痛々しいとすら感じた。
普段から着物を着なれている人ですら、こんな風に扱われたり言われたりするんだ…と。
着物が廃れるのは業界関係者の売り方に問題あり!

NG小物はいかにも親切そうな顔をして座っています。
職場にも親戚にもどこにでもいるでしょ。
決して人は悪くない。
でも、気が利かないというヤツ。


ああ~いるいる~~~~~~~~~~~笑
著者が「放送作家」ってことがわかった瞬間からから期待しないで読みました。
まあ、ここ数年テレビなんか見ない=面白くない、時間の無駄 なので読めばなるほどそりゃ面白くないわな=台本の通りにある一定の筋を期待して作っているのだから。
こちらが意図した発言をしない芸人はダメで、その筋に自然と沿ってくれる貴重な「ひな壇芸人」。
そもそも、我々は一般人であって芸人ではない。
そこからしてもう、なんか内容が乖離している。
会議で笑いを取る努力なんてする必要があるわけ?と。
業界ずれしすぎて一般社会には通用しない知恵をありがとう。
業界内部を紹介してくれる本としてなら読めるけどね。

40を手前に自分の服装を紹介!って感じですが、
イラストは10代後半から30代前半に見える=しわ、たるみが無い からこの服装でもOKですが、40代で「これ着るの?!」って
感じがする。
まあ、他人さんの事ですからあれこれ言う資格は全く無いんですけどね。

「②」は写真が出てこない。と言うか売ってないの??

150センチの癖に 服を買うのに試着をしないなんて…
更にそれにお直し代として2万近く払うなんて…(もう一着買える…)
なんかこの人「 バカ?」って思った。
今回もなんかビミョーに「イラっと」する内容だった。

150㎝台の人間が読んでも目新しいことは何もなく、
むしろなんか自分の身長を「ネタ」にされたようでなんかむかつく!
普通なら「あるある~~」と笑いを取るところなんだろうけど
(本来それが目的で作っているんだろうけど)
これにはそれを感じることができなった。

20歳なのに中学生料金で料金をごまかしたらいかんだろう!!
KY対策の為に借りたけど、目的とは内容が違っていたために途中放棄。
が!!!
この本を私より先に借りたドアホ が、
至る所に傍線を鉛筆で引いており
読みにくくてたまらんかった!!!怒
残された筆跡より判断すると、10代。
お前なあ!!!公共物に平気で線引くという私物同視化する段階で限りないKYなんだよ!!
だからこんな本を読む羽目になったんじゃねえのか!!!

と言ってやりたかった。
内容があちこち飛び過ぎてついて行くのが大変…
元々「KY」研究の為に借りたのに…

ただ、昨日愚痴ったことに対するヒントはあった。
p121
人を見るということは、気質を見るということだ。
皆がポジティブ思考でしっかりしていて、
人格的にも完璧な仕上がりをした人間ばかりでも、
その集団はつまらない。
思いっきり人にもたれかかる甘え上手な人もいれば、
人の面倒を見ることが大好きな人もいる。
そういうバリエーションの中で様様な人間関係が生じていくから、
人と接するのは面白い。


面白いか?
マジ、もたれかかられっぱなしってウゼーというか迷惑!

p125

自分の気質を活かすには、
自分の気のエネルギーを引き出してくれる場をみつけることだ。
何が自分の中のエネルギーを活性化させるか、
どんな場で自分は発揮できるかを探るのだ。
(中略)
自分にはどんな気質があるのか、どういう対象になら、
疲れ知らずにエネルギーが湧いてくるのかを知ることが
自分の気のセンスを喜ばせることに繋がる。
どんなスポーツをやろうか、どんな楽器が肌に合うか、
人の向き不向き、得意不得意と言うものは、
やってみたいことにはわからない。
何かに興味を持ったら、三日坊主になってもいいから、
とにかく始めて見ることだ。


就活にも当てはまりそうな言葉だなあ…しみじみ…
どんな場にいる自分が楽しいんだろう??
ここは日本であってイギリスではない。
一冊丸々「イギリスっていいわ~」な展開。
一方日本は比較してダメダメな国~~
だって敗戦国だもん。
古き良き日本の風習が根こそぎ奪い取られたんだもん。
価値観だって変えられちゃったんだもん。
国が違うと考え方が違って当然だと思うのに…
これを読んでなぜ自分がこんな思考をし行動をするのかやっとわかった気が。笑
特にあれほどまで「ナチュラル系」の服を毛嫌いするのか。
p184
さとり世代(現17~26歳)に当たる娘や息子が
「世の中はこんなもの」「無駄に追い求めるのはやめよう」と自嘲する一方で
親に当たるバブル女性は「まだやれる」「もっと進化できる」と
上へ上へ向かうことを止めない。
その姿は時としてわが子に「ママ、イタイよ」と映ることもある。
「もういいんじゃない?」と止められることもあるが、
それでも気にしないのがバブル世代。
たとえお肌の曲がり角を実感しても、着るものに困っても、
生きがいを見失っても、あるいは愛するわが子に旅立たれても、
そこで「あ~あ」とうなだれ続けることは無い。
すぐに目線を上げて立ち上がり、新たなステージに果敢に一歩を踏み出す。
頭上に浮かんでいる「何か」を必死で捉まえようともう一度もがくのだ。

「私たちバブル女性はずっと上を向いて追い求めてきた。
多分これからも一生ずっと何かを追い続けて死んでいく世代だと思うんです。」
「私たちって下手すると一生、本当の満足を得ないまま終わるんじゃないかな…」

でもそれでいい。
バブルの味を知ったgold世代は、きっと鮫(サメ)と同じ。
泳ぎ続けてなければ、進化し続けなければ、多分その場で死んでしまう生き物だから。


鮫ですよ、鮫!!笑
ぶたぶたさんが「店主」をなさった飲食系のお店のリバイバル。
美味しそうだけど、内容的には薄い。
記載されているファションが微妙に『ぽっちゃりめの人の…』と重なるのは…汗
と言うことは50にもなれば着たくても着れない、服装の制限がどんどん発生してくるってことですよね?
実際30で着ることのできた服が40では無理に…
これが40では着れたのに、50では…の繰り返しになっていくかと思うと…涙
今着れる服はどんどん着回し、着たおさなくては!!
こうやって、私の嫌いな「ナチュラル系」=「ずるだらもっさり」を
嫌でもこれしか着る服がないってしぶしぶ着ないといけない日が来るのか…
以前これの姉妹本に当たる(とわたしが勝手に位置付けている)
『背が低めの人のファッションルール』は実際のモデルを使っての
コーディネートの割に年齢的にも服の季節感にもえらく「偏り」があるように感じられてイマイチでしたが、こちらはモデルを使うことなく全てイラストで表現してくれている分参考にしやすかった。
年齢からくる「ぽっちゃり」と怠惰からくる「デブ」は根本から違う。
けれど、他人から見たらその違いって判らない。
努力して痩せれる可能性があるなら痩せたらいいのに…と若い子を見て思うババ。笑
てなわけで、ある年齢に達したらコーディネートも限られてくる。
要は「目の錯覚」を利用するしかないってことで。

後は「安物買いの銭失い」に気を付けよう!!!

あ、後
年齢は後姿にこそ表れる
らしいので、後ろ側のデザインにも姿勢にも気を配ることをお忘れなく!
森の隠れ家的洋菓子店「コション」(フランス語で『ぶた』の意)
めえ~~~ちゃくちゃ美味しそうで読んだ人は全員「ケーキ食べたい!」と思うこと請け合い!!笑

エピソードの一つとして「全日本高校生スイーツ競技会」に出場する高校生の話があるのですが、私多分これをTVで見たことあります。
ただ、普通科ばかりの高校から出場するのではなく製菓専門コースがある学校からもエントリーしていて「それ、同じ土俵で評価されるのどうよ?」と不満を持ちながら見てました。
毎日専門家に指導を受け、道具もそろっている環境と普通のスイーツ好きの子たちがなんのハンデも無く評価される。う~~ん。
とはいえ面白いのがそんな「生徒が丸丸考えたのではなく先生の入れ知恵だろうな…」と思うぐらいの完成度の高さ、ある意味面白みのなさのケーキに対して
本当に自分たちで考えたんだなあ…と思わされる作品の方が妙に味はあった。
そして、まさかの大逆転も用意されていたのがスイーツの奥深さだとあの時思った。
完成しているのに最後の最後に崩れてしまったケーキ…
見ていて泣きそうになったし。(実際子供たちは泣いていた…)
見た目全然平凡なのに、切ったその切り口から現れる「芸術」…
ただ美味しいだけじゃなく、そこにストーリーが存在するケーキ。
これからスイーツを食べる時には「その裏にある背景」を感じ取れたらいいなあ…
私的にはこれはイマイチだった。
カメラマンのエピソードも中途半端。
ぬいぐるみのお泊り会を紹介したかっただけ?
表紙のようなぶっといパンケーキが食べたい!!
先日外出先で食べたパスタが 激マズだった。
お金払って自分が作るよりもまずいものを食べるなんて許せない!
美味しいものだけ食べて幸せになりたいな。
読むきっかけがネットのネタ記事だったんですが、
実は運命的な一冊でもあります。(大げさ~~笑)
と言うのも、この本、一時ヒストリカルロマンスに凝っていた時に
配架を間違えて置いてあったんです。
「分類missだろ!!」と思い本を横にして置いておきました。
職員が別の本を戻しに来た時に気が付くように。
すると後日行ってもまだおいてある。しかも普通に「立てて」。怒
なのでまた「横」にしておいたという「因縁」すらある一冊。
で、検索してこの本を手にした時「あ、あの時の本かあ~~」と。
いずれは私に読まれるべき本だったんですね。(違)

で、感想はと言えば一言「 文章が下手過ぎ!!
に尽きます。
准教授なのにこの程度の文章しか書けないの?
ラノベ書いてたり、普通に文章投稿している素人さんの方が絶対上手いって!
無駄な文章が9割を占め、最後の一行にやっと結果的なことが書いてあるそんな感じ。もっとすっきりまとめて書けんのか!!お前は!!って思った。
論文って所詮こんなもんなのか?無駄が大半以上。結果もうやむや…
オボちゃん、博士号撤回されたっけ…(意味不明)

「これは一見嘘のように見えるが、実は嘘ではなく、どこまでも嘘のように思えるのだが事実、調べてみるとやはりこれは嘘ではなく結果、真実であったのだ。これを嘘と言われるのは心外だ」
こんな感じ。
一言「これは真実であった!」で済むだろ!!
心理学者って所詮「理系」じゃないんだなあ…
マイナー系が多いですが、その分「ひっそり感」とか「いい感じ~」が
漂っています。
願うべくはその清浄感がいつまでも汚されることなく保たれて欲しいです。

個人的には「宇治神社」と「宇治上神社」に行きたいです。
図書館の心理学や占いの棚に絶対前から置いてあったと思うのに全然その存在に気が付かなかったという珍しい一冊。
因みに前回書いた『願う前に…』と表紙の色合いが似ている。
内容もほぼ同じ。むしろ翻訳した本書のエキスを『願う前に…』で書かれているというか。
まあどっちにしろ、今こそこれを読め!!と本から指示が出たというか。

本書ひたすら「愛」について語っております。
それはそれはしつこい 位に。笑
同じことを表現を変えてひたすら「愛」を説いております。
要約すればすべての出来事はgive&take
人に与えた分だけ自分に返ってくる。
なのでtake&giveはありえない。
まあ、私が最近愚痴っていることを思えば彼女が過去にああ「言った」から
現在私が「うん」とすんなり言わずにいるという状態。
けれどここで私が過去を水に流したら私の「徳」はアップしてもしかしたら
「幸せ」になるのかな?と思わなくもないのですが、過去が過去だけに
やっぱり人間出来てないからなかなか受け入れられないんですよね。

えっとここから引用しまくるので消えると困るから(笑)、こまめに
保存したいと思います。

P34
一般的な言い方では引き寄せの法則を「類は友を呼ぶ」と言います。わかりやすく言えばあなたが与えたものがあなたに返ってくるという意味です。
貴方が人生で与えたものをあなたは受け取ります。
引き寄せの法則の結果、あなたが与えたまさにそのもが自分に戻ってくるのです。

p40
人は愛情が湧くものよりも、そうでないものの話を多くしがちです。そうした人たちは、愛のない否定的な感情を発し、人生の素晴らしいものを知らず知らずのうちに失ってしまうのです。

まさに今その状態だから耳が痛い…
けれど
p226
他の人に愛を与えるということはその人々に貴女を踏みつけさせ、いいように利用させることでもありません。
それもまた愛を与えることではないからです。
貴方を利用させることはその人の為にならないし、何よりもあなたの為になりません。愛は厳しく、私たちは愛の法則を学び、成長します。
答えはできるだけ気持ちのいい高い波動に乗ることです。
そうすれば愛の力があなたの為に状況を解決してくれるのです。

ちょっと救われたような…まさに「今読め!」かと。

嫁姑の確執ってどこにでも転がっているけど、私の場合は突き詰めれば22年前の舅の母=夫の祖母の死にまでさかのぼる。
ばあちゃんは同居してまして90歳のお誕生日を盛大に祝った直後、寝付きまして(喜びのあまり?とジョークにしましたが)たった2カ月後に鬼籍に入られました。
夜中の2時、姑から「おばあちゃん、亡くなったから」と電話をもらい急いで
隣に駆け付けますと、なぜか姑の弟夫婦がすでに来ていて葬式の相談してました。
「え?今亡くなったのと違うの?」とかなり違和感を持ったのを覚えています。
で、どういう話し合いをしたのか不明ですが結局「安く挙げる」ことを選択したのか「全て身内で賄う」と言う…
で、葬式業者を入れない為に死化粧って言うんですか?お支度まで全てこちらがするという…
で、棺桶に入れる前にばあちゃんが寝ている場所に行きますと今はもう覚えていないんですがなぜか「ばあちゃんのおしめ」が気になりまして。
姑に聞いたかどうかも不明ですが「取り換えていない」ことが判明しまして。
いわゆる死後直後の「脱糞」をしたままの状態で寝かされまして。
そんな状態で旅立だせるのはどうしても許せなくて。
おむつを替えることを決行しました。
姑は嫌がりまして 一人でやり始めたんですが、
さすがに死後硬直が始まっている身体って 本当に重い
一人じゃ持ち上げれなくて仕方なく夫を呼びまして、足を持ち上げてもらっている間におむつを抜き取り、差し替えるをしようとするんですけどやっぱり重い。
最終的に顔を覗かした舅と3人でどうにかやり遂げました。
正直、息子や男孫の手を煩わせてばあちゃんは「恥ずかしい」と思ったかもしれないので申し訳ないと思いつつも足下の方に二人はいたから大事な部分とかは見えてないと思うんですが…
でも、姑の性格を考えたら3人でやり遂げて良かったと思ってます。
だって、あの人の性格だとそれこそ人の見せたくない部分、秘密にしたい部分をわざと他人に見せるがごとくの言動をする人ですから。
「黙って秘するってことをお前は知らんのか!!!」って現在進行形で度々思いますもん。
この人本当に「性悪」「意地が悪い」って思いますもん。
だれも諫めなかったのか?と。

ばあちゃんの事が無ければ良かったと思うんですけどね。
でも、その数年後の実母の葬式はそりゃ~盛大になさりましたとも!!
ついでに言えば初七日って当日一緒にしますよね?
で、座って読経を聞いているのが私たち孫夫婦と姑の姉妹の婿ハンばっかり。
肝心の実娘たちはだれ一人いないという異様さ!
なぜいなかったのかと言うと銭勘定してました!
要は香典の計算の為に誰一人として読経=供養に参加しなかったという…呆
この人ら絶対「おかしい」と。

まあ、素敵な一族の元に嫁に来たんですね、私。
今後、まあ色々ここで愚痴りますがこういった過去もあったうえでの発言と言うことを覚えておいていただけたらと思います。

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