地神盲僧の清弦が奏でる琵琶=十六夜。
文体から平安??とか思っていたら現代で徐々に時代が退行して最後にもう一度現代に戻る。
その時代時代で清弦が体験した物語…
ものすごく幻想的な話だけにうまく感想が書けない。
読んで感じる人はこの世界に没頭できるだろうし、この手の話が嫌いな人にはつまらないと感じるだろう。

日本人が忘れて行った「心」。
聖域さえも欲のために売ってしまう宮司。
そこにいた神々を追い出して初めから自分たちのものの様に振舞うおごりたかい人間。
2002年の作品なので書庫に移動されていたけれど、近年の地震や土砂災害などを顧みれば予言であり「神の怒り」を感じる。

たくさんの「心」を亡くしているんじゃないの?
日本人。

加門さんの本で「怨霊に憑りつかれている…」的な紹介だったので期待して借りた一冊。これしか蔵書に無かったから。

結果
思いっきり期待外れ…

小説と思っていたら分類上はエッセイ。
でも、これエッセイっていうの?って感じ。
超長い言い訳 あとがきに「なかなか出版を承諾してくれる出版社が見つからなかった」とあったけどそりゃそうでしょ。
「営業ベースに合わないようで…」と出版社の言葉通りにとらえている時点でアウト!!!!!

「これだったら私にでも書けそう」と読者に思わせた時点でこの本はお金を取ってはいけないレベルだと思わなければ。

「ほんの偶然」を記したとしても、私の様なタイプですら「はあ?」と同感するにはあまりにも内容が…以下自粛

もっともここまで酷評した後日、著者と何かで隣り合わせたこの偶然!!てな展開がもしあったら「この本はすごい!!」と評価を変えるかも。
この本は相当怖い。
何しろうちの毛皮の仔どもを冥界に連れて行きましたから…

加門七海さんの本に「視える」作家として紹介されていた。
でこの本は「ひとり百物語」の第二弾。
怪談実話集、とのことですが第三夜に

前作「ひとり百物語」を執筆した際、悪夢を見たり、怪我をしたり、無言電話がかかり、家鳴りがひどかったりと色々あった。
(中略)
担当さんからメール。
「この原稿をいただいてから、良くないことが立て続けに起こるんですが」
(中略)
デザイナーさんの方でも、寝ていると誰かに起こされるという現象が。


第四夜には
前作を出版される直前に担当さんから「表紙の内側に袋とじの形で、お守りを印刷しませんか」と提案をいただいた。
しかし話し合っていくうちにもしかしたら必要かもしれない、と言う心持になった。
加門さんに何気なくこの話をすると「うんそうだろうな、と思っていた」とあっさり肯定されてしまった。
「だって、実話怪談を書くと言う行為は脳内でリアルに再現して、文字として再現するのでしょう?つまりは追体験と言うか再体験しているようなものなんだよね。そら、色々呼び寄せるでしょう」とあっさり。

そんなわけで前作をお持ちの方は是非表紙と見返しの裏をご覧ください。
門神と八卦鏡が赤で印刷されています。


この本にも印刷されてました…汗

この本の中で印象に残ったが著者のお父さんがかわいがっている愛犬がお父さんがチェコに出張中に亡くなり、その晩犬が著者の夢で
「お父さんどこ?」と尋ね
「チェコ」
「チェコってどっち?」
「あっちの方角?」
「わかった。」と指差した方にまっしぐらにかけて行った。

で、お父さんには愛犬が亡くなったことを知らせるのは酷と帰国後に伝えるつもりが、早朝お父さんから電話がかかり
「あの子は死んだんやな」と断定口調で言って
「朝方夢を見た。真っ暗な中光が見えて近づいてきたら、あの子やった。
ありがとう、ずっと側にいるよ」と言ってくれた、と。

一か月後、父も急死した。
母は「どうして(天国に)行くのを止めてくれなかったのか」と文句を言っている…




私のところにも毛皮の仔供が夢で逢いに来てくれないかな…
超ベタ甘が標準仕様のシリーズがチョイ甘になったら途端に「おもしろくない」と感じてしまうのはすでに私が慢性糖尿になったから??笑

柴崎&手塚カップルが最後の最後にこういう結果になったのがわかってよかったです。
でも、やっぱり堂上教官が郁をどの段階で好きになったのかが知りたかったなあ…
正直、この本を出したの時の加門さんは文章が上手くない。
数回「これは誰のセリフ??」と前後を読み直すことあり。

内容は、一般に認識されているスーパー陰陽師:安部晴明像とは全く違い
人にもなれず、人以外(鬼、神)にもなれずとひたすら苦悩し迷い傷つき…って感じでものすごく痛々しい。
感じが先日読んだ「ベルセル×」に似ている。
自分の意志ではない大きな流れに無理やり巻き込まれて抗いつつも従わざるを得ない。そこに苦悩と悲しみしかなくやるせない。
傷ついた晴明が出した結果は…

好きでこんな能力を持ったわけじゃない!!!そんな叫びは別に読んだ加門さんの「うわさの人物」でインタビューした霊能力者と通じるものがある。
そこまでに至る苦悩がその人たちを大きくした、と言えば聞こえはいいけど諦めと受け入れるしか自分を「正常」に保てなかったんだろうなあ…

これまた別口で「晴明神社にお参りに行け」とメッセージを受け取っているけど
こんなに人間臭い晴明像を突き付けられてただひたすら「御神託を頂戴!」と
お気楽に行っていいんだろうか?と。

タダの人間が神になる。
それは文中にさり気に登場した平将門が
「なぜなら神になるという事は、
------とこしえにその名に縛られて、名に封される『孤独』だからだ。
生まれ変わることもなく、人の持つ何をも捨てねばならない。

人の親なら望みはしない。

まして、鬼神になれなどと。


素直に告げてやればいい。誰かが陰陽の神にならねば窮する事態にあるのであろう。
その贄(にえ)として、晴明の魂が欲しいと言えばよい。


奇しくも望まない形で将門も「神」として後世祀られるのであるが、全く「神」としての「質」が違う。
全ては人の「欲」が素直な魂を醜い形に変えさせていく。

どっかの政治家も現代で醜い争いをしているもの。さすが末裔!って感じ。
「うわさの人物」の続編的な一冊。
「うわさ」が霊能力者の最前線な人々としたらこちらは「発展途上の人」というか「霊能力者未満」な人11人にインタビュー。
有名どころで「CLAMp」「松谷みよコ」「稲川ジュンじ」(検索に引っかからないようにあえて文字を変えてます)。

正直「うわさ」がひりひりするぐらい迫力があったのに対してこちらは…
構成上の問題か、インタビューした人のレベルによるものか。
というか、インタビューの大半を割愛した雰囲気がありもっと紙面を割ければふか~~い一冊になっただろうなあ…と思わせる。

ところで読んでいて思い出したのが、高校の時霊感を持った同級生が居て、休み時間は占ってもらう為に列になっていたことがあって。
北海道に修学旅行に行った時、彼女とその友人たちが「そこ、だめ!!いるって!!」と某滝にて大騒ぎ。その時は「ああ、また言ってる」状態でしたが
本文に
北海道って、行ってみたら割と、あれ?と思うようなことが多いですね。敏感な方はここは行っちゃダメとかって場所をたくさん教えてくれます。

おい…まじかよ…

で、その「視える」子の側にいたその他大勢もいつしか「視える」ようになっていったらしいんですが(当時は信じてませんでしたが)
別の人のインタビューにて
タダね一つ不思議なことがあるの。今の主人が私と一緒になる前は全然そういうことが無かったのに、一緒になってから変なことが起き始めたって。

ご主人も体験するように?

そうなんですよ。それが不思議。健康優良児みたいな人なんですよ。
それがこの間、「ああ、怖かった」って。(中略)

それに伝染っていうか、感染っていうのもあるみたいですね。
私もそういうものを見たりしますけど、誰かと長い旅行に行ったりすると、
やっぱり普段見ない同行者が見たりするんですよ。


当時のあれって「本当」だったのかもしれない…
ご本人さんたちはそろって「普通の人です」という「霊能力者」たちをインタビューした本なんですが、読んでいると殆どの人がなんのことない「家族が拝みやで…」「家族が神主or僧侶で…」ってことで何らかの「縁」がある人ってことで。
本人たちにしたらそれが「普通」なのかもしれないけど、もっと普通の人間からしたら「いや、それ普通とは言わない」と突っ込んでしまう。
その人たちにしたら小さな時からそんなことが「普通」に起こるし見えるから「普通」なんだろうけど。

ただ、「なりたくない」と思って逃げているのに最終的にはやらざるを得ない羽目になっていてそこに至るまで「精神病」として病院に行ったりと力があるゆえの苦しみもあるってこと、「霊能力者になりたい!!」とお気楽に思っている人間にはぜひ読んでもらいたい。
結局、霊能力者になりたいってのは「優越感に浸りたい」ってことの裏返しなんじゃないのかな?人とは違う、私は特別みたいな。
だからこそ、なりたくてなったわけじゃない人にとっては「そんないいものじゃないですよ」とインタビューを受けることによって示したかったのかも。

能力がありつつ、普段はエステシャンの人の項目で思い出したのが、
相手が「腰痛でひと月仕事休んでました」と言う人にエステをしてもらった時
正直「全然、気持ちよくなかった」体験があります。
むしろ、私のパワーを相手に取られた、みたいな。
エステってやっぱり手を使うから相手のパワーをこちらに注入する、感じがあるのに対して、やっぱり病人が健常者に施術することによってマイナスが生じる気がします。
「あ、もう二度とこの人にはしてもらわないでおこう」と思いましたし。
能力のない人間でもやっぱり感じるものは感じるんですよ。

なので、能力のある人たちが「そこにいる」「見えるとか見えない」といった問題ではなく「感じる」から「居る」と言う感覚は口では説明できない。
著者曰く「自分にとっても覚書的な本」らしい。

「塩、香、鏡…」など日常におけるお祓いグッズについての説明。
その一方で「祓いたまえ、清めたまえ」と言う祝詞は魂の浄化につながる。

要は、掃除ですよ、掃除!!!!

ところでお祓いグッズに「剣」がありまして、ふと思ったのが
「東京スカイツリ×」。
あれ、剣の形してますよね?
誰が、なぜあの形を承認してあの場に「突き立てる」ことを計画したんだろう?
東京と言えば京都に次ぐ風水都市。
表面的な情報を読むと別にあの土地に意味もなさそうだし、形も普通のデザイン会社に頼んでいるみたいだけど。
最近の東京都のネーミングに「江戸」とかえらく付いているから気になる。

スカイツリ×の下に「魔物」がいてそれを封印しているんだったら面白いなあ…とか想像してしまった。
平将門公とか最大級の存在のおひざ元だけにワクワクする想像…
個人的には面白かったというかイマイチ謎が多い銀行の一部がわかって。
給料に関してはこの仕事をしたことが無いので多いとか少ないとは一概に言えませんが。

ところでなぜこの本を借りたかと言えば、別の本を借りた時に挟んであった
貸出票に書名がありまして。
(借りる時に書名と返却日が印字された紙をもらう)
借りた人間の氏名は印字されずとも(利用者番号のみ印字)こうやって
人が借りた本の一覧を見ていたらもろ「個人情報流出」だよなあ…って。
私はこの印字された紙を日記に貼ってむしろ「記録」として保管してるんですけどね。
本棚を見たらその人がわかる、って一時言われた時があったのと同様、借りた本の傾向で今何に興味があってどんな傾向を好むのかモロバレすると思います。
ちょっとした紙に過ぎないと思わずにきちんと処分する方がいいと思うけどな。
しんじらんな~~い。
こんなふざけた題名。
笑っちゃうわ。ぷっ。

え、誰ですか?
「お前が言うなよ。お前が」って突っ込みいれたの。
(幻聴か…良かった。最近疲れているからなあ…)

さて、表紙に書いてある「タマエミチ」とは漢字表記すると「魂絵道」の事だそう。


残念ながら私はこの本を読んで「魂」は飛ばすことができませんでしたが、
意識は限りなく飛ばせ まして、読むたびに睡魔に襲われて全く読み進めることができませんでした。

素晴らしい本です。
眠れない方、意識と魂と両方飛ばす練習をしてください。
どちらかと言えば仏閣紹介と言うより雑貨&カフェと言った独身女の大好物をたくさん写真で紹介した本。

個人的に言えばこの版の大きさと言うかレイアウトが見にくい。
多分この本を持って京都の町を散策するのは大変かと。

で、「あなたの上げたい運気は、ズバリこれ!」と言うチャートがあって何気にした結果が

「仕事運アップ」…仕事に情熱を燃やすタイプのアナタ。
出世や 天職を見つけるための知恵と勇気を授かって。

とのこと。
で、紹介された神社が「晴明神社」…


よりによって「仕事運」かよ…
しかも底知れぬパワーで有名な「晴明」かよ…

こんなとこ行ったらあたし精神持つか???
怖いよ。

やっぱり「仕事」から逃げられない運命なのか?
じゃ、本当に「天啓」を得られたらいいのにな、とマジ思う。
西国三十三か所は旦那の両親が行くので車に乗せて行った時に私たちも朱印帳を買って旅行で近くに行った時に押してもらうのですが、神社にも朱印があるとは知りませんでした。
掲載されている神社の数か所にはすでに行ったことがあるので気持ち「惜しいことをした」と。

各神社個性があるので面白いですが、やっぱり中でも風格が違うのが
「伊勢神宮」。
もう、別格ですね~~~~
朱印もなんかオ~~ラ出てますよ!

伊勢神宮のご朱印はとてもシンプル。
真ん中の押し印は神宮の大切なお印であるため、
その上に文字は記さないそうです。
伊勢神宮の厳かな佇まいと共通する姿を感じることができます。


手書きの日付と朱印のみ。
なのにものすごく威厳がある。
「たとえ印であっても、人間の手で書かれたものが乗ることは許さん!
控えおろう!頭が高い!!」
って感じです。

あと富士山や屋久島でもらえる朱印は本当に記念になりそう。
しんどい思いをしてやっと手に入れた朱印はうれしさひとしおだろうなあ。
心理学や占いの本の棚に有ったので読み始めてすぐに
「これは小説(架空話)?それともエッセイ(事実…)?」と悩む羽目に。

まあ、結果を言えば「丸々本一冊書けるだけのネタ満載の不思議な体験をした
実話」ってことで。汗
とはいえ、よくある「夜タクシーに女を載せたら消えていた」とか「タクシーと同じ速度で伴走していた」と言った話ではなく、むしろ今集中してこの手の本を読んでいるせいかほかの本にも表現は違えどども「やっぱりこういうことは実際に起こるんだ…」と言う出来事が再確認できるわけで。

例えば別の本で中国人の霊能力者が日本の某寺で「仏像が話しかけてきた。
その仏像以外の仏像はすでに死んでますね」と書いてあったのに対して
加門さんも仏像や神社で「声」を聞いているといった感じ。

元々加門さん自身が「骨董品」に興味があること自体「引き寄せ」体質に加えて
物を買うのは人の行為だが、持ち主を選ぶのは器物の権利
と言う言葉がストンと腑に落ちる。
良く「子どもは親を選んで生まれてくる」と言われるが実は「物も持ち主を選ぶ」という事がわかった。
特に歴史や云われを伴う物は特に。
私は逆にアンティークなんて怖くて欲しいとは思わないけどなあ…

あと実は神社に、おわする「神様」はたまにお散歩に出かけられるそうな。
しかも村人がそれを目撃しつつも「ああ、出かけてるんだなあ…」と何とも日常の事として受け入れられているところがすごい!

それと読んでいて思い出したのが自分も巫女のバイトをしていた時に聞いた話。
加門さんは「おみこしを片付けている人を見ていて、あれ?おみこしって担ぐのめちゃくちゃ重いのでは?」という事で宮司さんに聞いたら
「おみこしだけの時は軽いんです。お祀りの初めにお神輿に神様の
魂入れをしたら何十人でも持てないほどの重さになるんだよ。」
他の宮司さんは「そういう話はねえ。大きな声では言っては、まずいんだよね。」


私が居た神社の神様は丸い鏡にいらっしゃって、やっぱり魂を入れた途端「重くなる」とおっちゃまに聞いた記憶があります。
おっちゃま曰く「魂が入ってなかったらただの鏡で持てるんだけどねえ…
入れた途端、ぐううううううっと重くなる」とのこと。
不思議だあああ~~
そういえば旦那が参加しているお神輿も、それまでは大の男が必死に担いでいたのが神社の前で抜いた途端、あはは~~片手で持ち上げられるよひょいひょい、
さっきまでの苦行は一体なんだったんだ?って感じだったのを思い出した。
やだ。私、結構神様と縁が深かったのにすっかり忘れてた。

とはいえ、加門さんみたいに神様から低俗な霊まで千差万別に「見える」のは正直精神衛生上よろしくないのでせいぜい合わない神社で頭痛がするとか
パワストの店で頭痛がする程度で良かった、良かった。
こちらは神社仏閣ではなく、あくまでも風水における「龍穴」を紹介。
一言で言って「めったに行ける場所じゃないなあ…」と言うのが感想。

45か所紹介されているけれど近畿地方なら
伊勢神宮(三重県)
鞍馬寺(京都府)
威徳院(奈良県)
宝厳寺(滋賀県)
岩根山車谷崖仏(滋賀県)
甲山(兵庫県)
東お多福山(兵庫県)

など。
甲山なんか住宅地を何気に歩いてそのスポットに気が付くか気が付かないかという…汗
感性の鋭い人なら認識しそうだけど、毎日「それ」を見ている人には「タダの山だよねえ…」となりそうなぐらいさりげない。

ここでも鞍馬山の魔王殿について紹介されていますが
魔王殿の方に行くと強い磁気の為に宇宙から入ってきている本殿金堂前とは正反対の場が出来てしまっています。
時には人々の願い事や念が昇華されずに残っています。

別の本でこの地を訪れた人の気が一瞬とはいえ「ふれた」のは龍穴の力を御しきれなかったということかな?

他のスポットを見ても「多分、行かない」と思う場所もあります。
例えば「恐山」。
石が積まれ、お供えが置かれ、風車がカラカラ回っているあの風景の写真を見て
「楽しい。心がすっきりする」と言う人って珍しいかと。
それこそ「哀しみ」が漂いすぎてありがたくないものをもらってきそうなのが行かなくても分かる。
龍の力をもらう為にはそれ以上の心の強さ(信仰心)が必要かと。
興味半分で行くと本当に痛い目に合いそうだなあ…と言う場所が多々紹介されていました。
ああ、怖い。
写真集として見てもいいかもしれない。
ただ、膨大な写真に加えて記事を読んでいるだけでお腹いっぱい状態になります…
鹿島神宮…要となる決意を支える地
香取神宮…道を見据えるための地
走水神社…女性らしさを取り戻す地
玉前神社…尽くす生き方を学ぶ地
晴明神社…見えないものを想う地

行ってはいけない神社の話
強大な霊力を湛えた神社の中には、参拝する人を選ぶところがあります。
あまりにも鋭く、圧倒的なご神気を持っているだけに、参拝者の中には
「なんとなく恐い気がして落ち着けない」と感じる人が少なくないのです。
その人が求めている気と神社が発している気が一致しないと、
せっかくの聖地巡礼が息苦しいものになってしまうかもしれません。

醍醐寺…燃え上がるのは浄化のための炎
八坂神社…人生を切り開く必勝の神社
上賀茂神社…伊勢神宮に次ぐ格式を誇った
下鴨神社…糺の森(ただすのもり)にほど近い端正な神社
出雲大神宮…出雲に縁の深い格式のある神社
地主神社…インスピレーションを高めてくれる
今宮神社…疫病鎮護の神様
石清水八幡宮…強い意志を持って必勝祈願
宇治神社…最大限の努力をしてからお参りを

自分の夢を見つけたい
熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)
大神神社(おおみわじんじゃ)

能力をアップさせたい
月讀宮(つきよみのみや)
籠神社(このじんじゃ)

チャンスがほしい
霧島神宮(きりしまじんぐう)
日吉大社(ひよしたいしゃ)

勝負に勝ちたい
石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)

あの人に成功して欲しい
日枝神社(ひえじんじゃ)

自分に必要なお金が手に入るようにしたい
醍醐寺(だいごじ)
湯殿山神社(ゆどのさんじんじゃ)

自分の希望(欲望)を叶えてもらう為には
必ず何らかの代償を支払わなくてはならないと、
覚悟してください。

とのこと。ああ、やっぱり気軽に神社に行くのは良くないのかな?
「本当に叶えたい望み」がある時、限定ってことだけど。
みんな健康で仲良く暮らせますように!しか思いつかないからなあ…
これほどまで表紙の写真や題名から受ける印象と文章や内容との

落差が激しい 本も珍しいかと…

これが単に「私の旅日記」とかどこにでもあるかわいらしい題名だったら
駄本認定しなかっただろうな、と言う感じ。


森田さんと山川さんと言う理系と文系の人たちが同じ場所に行ってお互いの見解を述べるという。

行った場所
奈良、京都のP.S.
大神神社(おおみわじんじゃ)奈良県…三輪山全体が境内
石上神宮(いそのかみじんぐう)奈良県…古事記、日本書紀にも登場する日本最古の神社
石舞台古墳(いしぶたいこふん)奈良県…巨石39個を積み上げた日本最大級の古墳
唐招提寺(とうしょうだいじ)奈良県…唐の高僧鑑真によって創建された寺
薬師寺(やくしじ)奈良県…「凍れる音楽」とたたえられる五重塔
高山寺(こうざんじ)京都府…13世紀初めに明恵上人が再建
晴明神社(せいめいじんじゃ)京都府…陰陽師「安部晴明公」をお祀りする神社

東京周辺のp.s
神戸岩(かのといわ)
払沢の滝(ほっさわのたき)
ファンファンファンファンファ~~~ン~~~と
「なるほど珍百×」の効果音が聞こえてきそうな一冊。

さて、作者が普段から取材で日本全国を飛び回っていたらこの内容だとショボいんですが、プロフィール等によると「公立中学教師、土日祝を利用しての旅行先でのフォト」なのでまあピンボケもよしとするか、って感じ。
10年以上にわたる自分の作品の中からピックアップしたらしく中には10年以上前の写真もあるとのことで、「今はもうないらしい」…とか書いてあるし。
出来たらいつ撮ったものなのか日付を入れて欲しかった。

でもこれだったらわざわざ出版するよりも、いまどきブログでアップした方がより多くの人に見てもらえそうなんだけどなあ…

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