著者のデビュー作『鴨川ホルモー』が予約待ち60人だったので、先にこちらを読みました。
6編からなる短編集。多分『ホルモー』のスピンオフ的なものかと。
だいたい『ホルモー』読んでなかったらホルモーの意味が判らないところからして「なんだこれ?」。
鬼を使って戦う的なものだとはおぼろげながらわかるものの、これ元々は雑誌に短編として掲載されていたものを
一冊にまとめた形だが、まとめて読んでも「?」なのに掲載当時理解されたんだろうか?

文章とは誰が読んでも理解されるように書くべし!と
習いませんでしたか?

もっと言えばどの作品も中途半端。
起承転結のうち起承か転になるかならないかで終わっているから「で?」と消化不良。
もっといえば自己満足で終わっている。
祭りに参加している者は身内で盛り上がっているが、初めて参加する者もしくは傍で見ている者にはさぱ~~りな
あの状態。
「これ、アイデア帳ですか?」と言いたいぐらい。
これから物語がはじまるぞ、はい終わり。そんな感じ。
それが6篇ともって、ひどすぎませんか?

宮部の本を読んでバッドエンドに憤慨したが、この本はこんな内容で良く出版したなと出版社の姿勢に対して腹が立つ。
さ、借りて帰ろうと思った時ふと「今日帰ってきた本」の棚に置かれてあったので「お!ラッキー」と借りました。

正直、こんな内容だとは…
映画化とか書評など先入観たっぷりでしたから。
ミステリー?
サスペンス?
サイコ?
ホラー?
どのジャンルなんですかね?これ。

なんというか、感想を書くのをためらいますね。
「それ、やっちゃ&言ったらおしまいだろ」的な
事がたくさんちりばめられていて、素敵すぎ!
下手すると読み手の「倫理観」がもろに出るな、そう言った意味でものすご~~~く「怖い」。
なんですか!!このバットエンドはっ!!!(怒)
読後感のちょ~~~悪さは!!!!(怒)

救いようのない結末…
あれだけゲームの話のようにバタバタと呪文を唱え、
異世界に飛び、異形の物を見て恐怖して、これ?って感じ。
ゲームだって冒険の後はハッピーエンドでしょうに…

特にお兄ちゃんと乾みちるちゃん。
この二人にとって最悪の結末。
お兄ちゃんはいくらユーリによって浄化されて正式な
「無名僧」になったとはいえ現世では「友人を一人殺した殺人者」であることは変わりなくむしろその「死」も
ユーリ以外に知ることは無いので「冤罪」のまま死亡。
みちるちゃんは間接的に「ヒロキ」君を死に追いやったという負い目は一生消えない。

親は自分の子供が人を殺した事を負い続け、さらにその死すらも知らないから絶対にいなくなった事を受け入れられずに今後の人生を歩むことになるのに。

お兄ちゃんの行動がいじめから友人、もっと言えば好意を持った女の子を「救う」ものであったとしても「最後の器」になったのは「弱い」からということになる。
そこにお兄ちゃんの「正義」は評価されない。
いじめた者はいじめたと言う罪の意識も持たず、裁かれもせずに残りの人生を謳歌する…

救いがあると言う?この話に!!!!!!(怒)

今後「友里子」が大人になった時は「狼」として
英雄を封印するであろう旅に出る…的なニュアンスで
続刊の伏線にしているかのようですが。

この話、毎日新聞の夕刊に掲載されていたのですが
新聞に載せるほどの小説だったのだろうか?
小学生が主人公で子供っぽいのに話は暗い。
アンバランス過ぎて余計に居心地の悪さで余計に腹が立つ。
そう、読書感想に「腹が立つ」小説って珍しいと思う。

まあ、現実世界が全て「綺麗事」では済まない理不尽な事がゴロゴロしているから「甘いよ」って言われたらそれまでだけど。でも、この作家でそれを読むのは嫌だ!
小学校5年の森崎友里子の中学2年の兄、大樹(ヒロキ)が
クラスメイト2人を死傷させて逃亡した。
あの、優等生の兄がなぜ?ということで、兄に会いたい!と願う友里子は遠い親戚の水内の別荘に行き、そこで兄を助ける為、額に印を受け「印を戴く者(オルキャスト)」となりまず、「無名の地」に行く。

この「無名の地」に行くまでと、行ってからの説明が
ひじょ~~~~~~~~~~~~~~~に長い。
読み進めるのにこの本の厚さが、昼寝の枕にちょうど
良かった。(笑)

で、後半ほとんどラストに兄の中学校の図書室で
乾みちると出会い、彼女のイジメを通して次は
兄がいじめのターゲットになった事を知る。

前半がRPGのごとくの展開だっただけに
ここで宮部お得意の社会派的な描写となり
一気に面白くなった時点で上巻終わり。
う~~ん、上手い事、下巻に繋ぐなあ。
まだ、謎だらけながらもなぜ兄が英雄の裏の顔である
黄衣の王に魅入られたのかわかる理由が提示されて。

どの時代でもある人から見たらそれは「英雄」であるけれど違う側、例えば侵略された側から見たらその人は英雄でもなんでもなくただの殺人者。
物事には二面性が必ずある。
どちらかが悪いなんてありえない。

ただ、「こんないじめは止めよう!」と声をあげた
兄:ヒロキの行動に対して「生意気な、学生の分際で」と
次はヒロキをターゲットにしていじめた張本人が
「担任」というのは許せない行動である!
う~ん、もう理解不可能というかRPGというんですか?
あんな感じの「迷宮」というか、ちっとも先が見えてこないので読んでいて苦痛です。
しかも暑いのに…(じゃ、読むなよ、って感じですが)

逆にゲーム脳な人が読んだら理解しやすいのかな?

今読んでいる最中の「英雄の書」も同類でもう放棄しようかと。(ぶっといのが上下巻という…拷問だ)
面白い本はどんだけぶっとくとでも一気に読めるのに、
そうではない興味がわかないタイプだとこうも
苦痛な作業になるとは…
お気に入りの作家の一人だけに、ショックだなあ…
微妙に迷走してる?
というか、わざと「わかりにくく」してる?
普通ここまで巻が進むともう少し明確になってくるものが、さぱ~~~り。

とはいえ、若干キーワード的な語句が。
「人間にひたすら近いロボットの開発がなされている」
「手紙が届かない」
など。

政府が正確な情報を流さないで、秘密を隠匿しているのはなにも小説だけの世界じゃないけどね。
何も知らずに生活しているのがいいのか、悪いのか…

ゴシップガール

2011年6月23日 読書
G.Wに無料動画で「ゴシップガール シーズン1」をみて
面白かったので借りました。

が、原作はイマイチ。
キャラが全く立ってません、というかセリーナはアッパークラスなのに「お兄さんの袖のほつれた上着」だとか「擦り切れたブーツ」だとか「よれよれのバーバリーのコート」とか。着る?フツーと。
一方「トッカ」のワンピを「全然いけてない服」と言ったり。感性がアンバランス。

ドラマだと子ども世代だけでなく親世代までもが三角関係、四角関係と誰が誰とどうなるのか見逃せないほど
スリリングかつジェットコースター並みの展開で引きつけるのに、こちらは一冊一冊ノロノロ…って感じ。

ドラマの最終話の終わり方は全然納得できてないのは、こうやって引っ張っていく為かもしれないけど。

原作はもうこれ一冊で十分ってかんじです。
先日読んだ「おそろし」の続編的作品。
「おそろし」がああいう展開で、ああいうラストになったのにさらに続編とはいい度胸だな、ってのが正直読む前の感想。

作者も懲りたのか、今回の「不思議な話」はオチ無しの
正真正銘摩訶不思議な説明のできない話としてどちらかと言えば「現実の世界」の展開における「添え物」として語る方向になった模様。

ちなみに題名の「あんじゅう」は第三話の「暗獣」を平仮名表記にしたもの。
「暗獣」と漢字表記するには余りにも儚く、もろい存在を扱っていただけにひらがな表記が妥当かと。
読んだ後、かなり物悲しい読後感が残る。

全編「忌み物」とは所詮人間の心の闇がそのように見えるだけのこと。
人間の心の闇ほど恐ろしいものは無い。
新米D.Bがこのシステムにどうしても適応しきれなくて、辞めて抵抗者の組織の一員になる事を決めたものの、
どうも「病人」として病院に「隔離」されているところで終わり。
続編を読む為に、再読。
すっかり内容忘れちゃってるし。笑

リップが自分の体の異変に気付いたところで終了。

なんとなく一作目に比べて内容が変わってきていると言うか設定が変わってきているような…
いつもの小説と違ってゲームっぽいから、なかなかその世界観について行けないと言うか想像しにくい。
伊勢神宮と出雲大社の二大パワースポットを取り上げていて、前半は単純比較でよかったのに後半は…
しかも神殿建築の説明で伊勢の「内宮」と「外宮」の比較をしているのになぜか写真が外宮と宇治橋になってるし…こんなところで単純な誤植しないでください。
行くのなら一度は目を通しておいた方がいい「薄さ」で読みやすい。(私は今ごろ目を通しているが…おいおい)
先日読んだ「あかんべえ」と同様に時代小説の形をとった本。
この本の主人公(おちか)は宮部作品に今までにない性格を持たせたキャラかも。
「心に傷をもった」若い女。
時代小説の時ってだいたい「心が澄んでいる」キャラが活躍するから「不思議な事」が起こってもその「純真さ」ゆえに魔に打ち勝つ事が出来るパターンに対して今回はその抱えた問題に「魔」が引き寄せられて…ぽい。

最近の作品のパターンというかもう作者の中で「これを形を変えてどんどん書こう!」と決めているのか主題はいつも「人間の心には亡者もいるし、極楽もある」。

今回だと人の不幸話&不思議な話を聞くことによって「あんな目に会ったのは自分だけではない」と教えられ自分の心に向き合ったからこそ一歩前に進めた、そして上手く「魔」を追いやる事が出来た(若干、ご都合主義がある結末ではありましたが)。

う~ん。
ただ、作品中の某奉公人と若おかみの扱いがなんかなあ…
共に「良い人」なだけに巻き添えを食った人たちが気の毒で。以前の作品だとこんな扱いを受ける人がいなかったので安心できたのに。
少し作者に「心の変化」が生じているのかもしれないね。
『プリンセストヨトミ』を予約しようとしたら「60人待ち」と言われ、じゃ、この作者で他の本をと言う事で片っぱしから予約をかけて届いた一冊目がこれ。

ちなみに「あをによし」とは「奈良」の枕詞という説明が表紙の返しに書いてありました。ほんとう??
『明解』さんには書いてなかったけど…

さて、内容。
この人、突拍子もない設定が好きね。
今回奈良を舞台に「鹿」「ねずみ」が喋ります…汗
で、史実を踏まえて展開をするのも定番ね。
で、話がどうも散文するのもどうもこの人の特徴ね。
やたら剣道シーンが長く(それをメインにするのであれば、迫力がある描写なのであるが…剣道知らない人には全然理解できない。)
もしくは背景を理解させる為にいきなり「奈良の歴史めぐり」をするので、これ2時間ドラマの定番の観光案内みたいだなあ…と。
そう、ドラマや漫画なら理解しやすいのに小説と言う文章だけで状況説明するって本当に作者に力量が無いと難しい。せめて簡易な地図を添付して欲しかった。(地図見ながら読みました)

名前に凝るのも特徴かな。
しかし本作の主人公の「名前」が明らかにされていないのはなぜ?黒板に書いたけれどバランスを崩したという表記はあるのだが。
ちなみにマドンナは長岡、重さんは福原。
奈良の学校は平城京そば、大阪の学校は難波宮あと、京都の学校は平安京の大内裏の近く…そんな感じで。
歴史が得意な人が読んだら「ピン!」と来るものを感じるので「推理?」しやすくなる。

あと、話し的にも今回は「父と子」ではなかったにしろ
「伝えていくもの」というテーマは変わらず。

ワンパターンですね

いい事書いてんのに、なぜか散文過ぎて結局「いいとこがどこかわからんかった」という感想になる。
映画と一緒やん。
この本が2時間映画になったらなったで「はしょりすぎ」でまたもや「原作のいいところが…」とか批判されるんだろうな。
もともとまとまりが無い 内容だから、どうしようもないってことね。

あれだけ剣道描写していて、ラストはあれで、主人公の今後が示唆されていないのもどうかと。
書くだけ書いて後はほりっぱなしかい!!みたいな。

一体どのジャンルに分類したらいいのかなあ、この人の本。
ファンタジーあり、歴史あり、ミステリーありと。
その「あいまいさ」が何とも言えない「居心地の悪さ」に繋がっているんだけどな。
中高生が「さら」っと読むにはいいけど。
大人(年齢的な、ね)には物足りません。

奇想天外な設定は評価できるんだけど、「芯」みたいなものがぶれて「すっきり感」が無い読後感。
「ふね屋」の娘「おりん」はふとした病から三途の河を渡りそうになりその時のちょっとした「アクシンデント」から帰還後「おばけさんたち」が見えてしまうようになる。

亡者が見える人は亡者と同じ心のしこりをもっている

ので、おりんにはすべての亡者が見えるが、他の者には「自分と同じしこり」をもっている亡者しか見えない。ので、おりんが橋渡し的な役割をもって話が展開していく…

う~~ん。他の人のレビューはおりんを好意的にとらえているのだが私的には「こまっしゃくれたガキ」と写ってしまうのはなぜ?(ドラマ化するなら「大×のぞみ」とかね)
微妙に話が散文する傾向があり、前半の「お化け比べ」もあまり意味が無いと言うかあれだけお父さんが一生懸命献立を考えたのに気の毒過ぎて…

で、ラスト。
「お化けさん達」は無事「成仏」できたのだが、じゃ、今後「ふね屋」はどうなるんだろう…とか。
「で?」的な疑問が多少残った。
最近の作品はどうも「で?」が多いような…
文章力があるから一気に読ませてというか「ねじ伏せて」しまう技術も進歩した感がある。
昔の作品はもう少し完成度が高くて読み終わった時に「ふ~~~良かった~」と息をついたもんだけど。
これは「ああ、終わった」チャンチャン、的。
おもしろいんだけど、物足りない。
2007年に書かれた段階でこれだけ「危ない」がささやかれていた日本と言う国。
たった5年で書かれている内容とも大きく差が出るくらいに日本の経済は悪くなっている…
この本が書かれた段階でも「景気の底辺」なのに、現在地震の影響でさらに経済、日本の国の価値もさらに下落中。

若者が珍しく政治に興味を持って参加した「小泉内閣」のおかげで「格差」が生まれたのは皮肉な結果。政権も交替しましたが、さらに悪くなったような。
しかも現在「痛みは平等に」の名の元にさらに生活が厳しくなっていくのを見ていると「共産主義」に傾きそうで。
国が破産したら証券はただの紙切れ。
ぞっとするわあ…

P23に書かれている「ネバダ・レポート」が日本に突き付ける項目を読んでいると民主党が「増税」を選挙時に掲げたのは「予定されている事の実行」だったとわかるし。

1.公務員の総数、給料は30%以上カット、およびボーナスは例外なくすべてカット。
また、公務員の退職金は100%カット。
2.年金は30%カット
3.国債の利払いは5年から10年間停止
4.消費税を20%に引き上げる
5.課税最低限を引き下げ、年収100万以上から徴税を行う
6.資産税を導入し、不動産に対しては公示価格の5%を課税
7.債権、社債については5から15%の課税
8.預金については一律ペイオフを実施し、第二段階として30%から40%カットする


特に今回の災害で活躍された自衛隊のみなさんにとって、「1」なんて暴動が起きそうな提案ですね。
最近公務員のボーナスだったか給料カットの記事を読んだばかりだし。
それより寝たり、会議に欠席している議員こそ総数カットすべきでは?
政治家たちはいち早く情報が得られるから、次にどんな風に削られるかが判っているし金利の動向もわかっているから私財をさっさとしかるべき場所に移せるし。
そういえば、鳩山が首相の時小沢君が沖縄の某土地を早期に購入していたのも「移転先」の候補地だったし。

ちなみにこの本では財テクとして「金(延棒の方)」の購入を勧めています。
証券はただの紙切れになるのに対して「金」だと価値はほぼ変動しないので。
http://gold.tanaka.co.jp/commodity/souba/y-gold.php

1973年に1000円台だったのが現在4000円。
最近「金プラ買い」が流行っている理由が良くわかった。

早い人は2007年ぐらいから(3000円台)さっさと買って財テクに励んでいたんだろうなあ…

新聞の経済面をちゃ~~~~んと読まないと。
どの政治家がどこに「土地」を買っているとか資産公開もそう言った目で見たら「次はどこが得!」ってわかるかも。
いわゆる「SFの古典」。
お噂はかねがね…ってとこですが。
1963年に翻訳発行されたとのことで、その当時に2000年の「未来」を描き、その「舞台装置、背景」と言ったものが現実の2011年に読んでも斬新かつ新鮮ということが長年支持されてきた理由かと。

ストーリー的にはものすご~~く面白い。
ただ、主人公の性格設定が受け入れられず。

7編からなる短編集。
その中に『ビタミンF』という作品は無いので「何かな?」と思っていたらハードカバーにしてはめずらしく
「後記」が書いてあり読むと

ビタミンFはない。だから作った。
family、father、friend、fortune…
「f」で始まる様々な語をキーワードとして物語に埋め込んだつもりだ…


『ナイフ』よりは確かに読みながら胃の痛くなるような気の重さはなかったけれど、やっぱり全編さりげなく「いじめ」あり「家庭不和」ありで父親の存在感のもろさがさりげなく書かれてあって。
やっぱり家庭に「父親」の影が薄いのってあんまりいい結果を生まない気がする。
働いて遅くなるとは言うものの、普段の接し方とかもう一度見直した方がいい。
カッコ良くなくたって、真剣に向き合っている父親のほうが絶対にいい。
乙武氏が「教育パートナー」だったかを引き受けた時に著者が「教育、を語るには教職をもっていないと「資格のない奴に教育を語るな!」と中傷を受ける事を覚悟の上で活動なさってください。」とアドバイスされた事が先日読んだ本で紹介されていた。
著者(重松氏)自身も「現場を知らないくせに」的な中傷を受け「いえ、私は教職免許持ってます」と言うと相手はたいがい「黙って」しまうのだとか。
教職免許持たざる者は教育を語るな、ってその時点で「差別」が生じ「いじめ」なんじゃないの?と思うのですが。
子どもには「仲良く」と言う割にじゃ、大人はどうよ?のせま~~い世界が広がっているわけで。

てなことで、本編5編からなる短編集。
5編が全て「いじめ」の内容。(最後の『ビタースイートホーム』だけが若干毛色が違う)

あまりにも生々しい「いじめ」描写の為、息ができない。
ましてや「子どもを持つ親」の視線で読んでしまうので
体中から血が噴き出しそうなぐらい心が痛い。
特に最初の「ワニとハブとひょうたん池で」と「ナイフ」はこの話がどう決着をつけるのかと一気読み。

子どもがいかに孤独に闘い、その戦う様を親に見せずに隠す心理がつらい。
親の前ではとりわけ明るい子どもを「演じ」、そして一人傷ついて行く…
「ナイフ」に至っては無力な親がクローズアップされ、親の無力感特に「父親不在」を感じずにはいられない。

父親って本当に役に立たない。
「逃げるなよ」って言いたくなるぐらいに。
逃げてすべて母親に押し付けるなよ、と。

男っていいよな~「お前に任せた」「ほっておけ」って言うだけで責任から逃れられて。
仕事している、っていうだけで厄介な問題から目を背けれて。(まあ、これは男だけじゃないけど。PTA活動にしても結局『時間がある人』もしくは『時間をどうにかやりくりする努力する人』に押し付けられるのだから。)

ただ、これを読んでいると自分の子供がいじめに遭わず、自殺しなくて本当に良かった。と心から思う。
もしこの本を子どもが中学生の時に読んでいたら不安で学校に干渉しすぎていたかもしれない。
違う意味で、こんな風に「今時のイジメ」を知らない親は子供の変化に気づくきっかけを見つけられないままわが子の命を失う事に繋がるかもしれない。

よく自殺した子どもの親が「いじめがあったのに学校は何もしてくれなかった」と言うが40人もの子供をそれも10分15分の短時間でどう観察しろ、と言うのだろう。
むしろ今後は「たった4~5人の家族構成なのにどうしてあなた方は親なのに子どもの変化に気が付かなかったのですか?」と反論される時代が来るかもしれない。


子どもが学校で見せる顔と家で見せる顔は違う事をもっと理解しておくべきだと思う。
偶然とはいえ、気持ち悪い

< 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 >